クロガネ・ジェネシス
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第ニ章 アルテノス蹂 躙
第47話 暴君龍vs修羅
痛みが駆け巡る。それは痛いというレベルを超えて熱いと言うべきものだった。焼けた鉄板の上を歩くかのような激痛が、シャロンを襲う。
「……ア……アア……!」
自分でも自分がどんな状況に陥っているのかよくわからなかった。わかるのは足の感覚がないことと、耐えがたい激痛があることだけ。
シャロンの両足は無くなっていた。レジーの落雷によって、足首から先がどこかに吹き飛び消滅していた。立ち上がることさえできない。気を失ってしまった方がはるかにマシだ。
「アアアアアアアアアアア……!!」
涙ながらに叫ぶ。失われた足首からは血液が止めどなくあふれていた。
「シャロンちゃん!」
ネルはシャロンのそばに寄る。ハンカチを口にくわえさせた上で、包帯によって止血を施す。そして、近くの民家の壁に座らせた。
「シャロンちゃん……」
ネルは呟き、そして立ち上がった。
ネル、ギン、バゼルがレジーを睨む。しかし、そんなもの牽制にもならない。しかし、意志だけは強く持たなければやられてしまう。
「勝てるの……あんなのに……」
なのに、ネルは弱気な言葉を口にした。
全員、戦意が薄れていくのを感じた。圧倒的すぎるのだ。レジーの力が。
「あらぁ……? もうこないのかしら……」
人間を抹殺せんとする鬼は、ゆっくりと歩み始める。
「じゃあ、そろそろ全員、あの世に送ってあげようかしらねぇ……?」
悠然と。平然と。狂気の笑みを浮かべた。
零児は呆然としていた。
目の前で誰かの命が奪われる。誰かの命が尽きる。その感覚は零児が忘れていた感覚。
「う、うう……!」
頭を抱える。頭痛がする。決して思い出したくない何かが、叫んでいる。しかし、同時に絶対に思い出してはいけないものであるような気がした。
それは感情。何かの感情。それを思い出すことは戦えないことを意味する。そんな気がした。しかし頭痛はますます強くなる。零児の頭の片隅で、忘れていなければならない何かを必死に引きずり出そうとしているかのように。
「こ、こんなことしている場合じゃない……。早く、奴を倒さないと……」
零児は頭痛を堪え、走りだす。そして戦況を理解した。
両足を失ったシャロン。悠然と歩くレジー。
――……!! ……!! ………!!
頭に血が上っていく。理性が吹き飛ぶ。次の瞬間、零児は一本の槍を作り出し、それをレジー目掛けて投げつけた。
槍が飛んできたのは彼女が動くか否かの刹那。その槍はレジーに突き刺さる寸前で爆発を起こす。爆煙が広がり、煙幕の役割を果たす。その直後、零児が、レジーを真っ二つにせんと切りかかる。
「うああああああああああああ!!」
零児の刃はレジーの体の表面を浅く切りつけ、刃を爆散させる。
続けざまに新たな刃を作りだし間髪入れず切りつける。
「なんでだよ……! なんでなんだよぉ!?」
零児は泣いていた。我を忘れ、ひたすらに叫びながら、ただ刃を打ち込んでいく。
レジーも黙ってばかりいないで応戦する。拳で零児の刃を受け止める。己の拳が血で染まることも厭わずに。
「なんで……お前等はそんなに……!」
募る憎しみは悪鬼の如き形相を呈する。零児の心から迷いは消えていた。
「そんなに楽しそうに、人の命を奪えるんだぁああああ!?」
「アッハハハハハハハハ!!」
レジーは心底愉快そうに笑う。それが零児の神経を逆なでする。
刃を降り下ろしては受け止められ、爆散させて新たな刃で切りつける。レジーはだるそうな表情で動く。僅かな間で横に並び、拳で殴りかかる。
「楽しいかよ!? 血を流す人間を見ることが!? 苦しむ人間の姿を見ることがそんなに楽しいかよ!?」
零児はその拳を回避して、反撃に転じる。
「人間は弱い! 力無き者が、力ある者に支配されるのが道理! 弱い方が悪いのよ!」
互いの攻撃を交わしては繰り出す。僅かな隙も見せられないこの状況下で、それでも零児は言葉を紡いだ。
「納得できるか!! 誰でも、弱くたって生きていきたい! そう思う権利は、そう生きる権利は誰にだってある! 人間には自我が、感情って奴があるんだぁ――――――!!」
幾度目かのレジーの拳。それが回避されると、即零児の横に並んで殴り飛ばそうとする。零児はそれを許さない。
頭に血の上った零児の瞳。感情の猛りが、レジーの動きを捉えていた。感情の変化に人間の身体能力を引き上げる力はない。しかし、零児の瞳は動いた。レジーの姿を追いかけていた。
零児はレジーのわき腹に刃ではなく、その柄を叩き込む。
「グッ……!?」
一瞬わき腹を抱え、レジーの動きが止まる。零児は止まらない。その隙を見逃さない。刃がレジーの右側頭部目掛けて振り上げられる。
そこにあるのは2本の角。刃は容赦なくその角を切り落とした。
「散!」
「!!」
その瞬間、レジーは零児を睨みつけた。
爆音が響きわたる、レジーの頭部は爆煙に包まれた。
「ウアアア……!!」
右側頭部を押さえて、レジーは悲鳴を上げる。
「み、耳……耳がぁ……!」
「どうやら……頭まで不死身ではないようだな……」
言い放ち、再び戦闘態勢に入る。
「調子に乗るな!」
疾駆する速度は閃光に近く、零児は興奮した心と体で反応する。その反応が間に合うか否かが勝敗を分けるといっても大袈裟ではない。
零児はまたもレジーの速さに対し、確かな反応を見せた。刃はレジーの体を切り裂くべく、振るわれた。レジーの右半身、腰から脇腹にかけて一閃し、血筋を作る。
零児は舌打ちする。体をいくら斬ってもダメージにならない。狙うは頭部。
そして、同時に気づいた。レジーの動きが僅かながら鈍くなっていることに。今がチャンスといえた。
――もっと速く! もっと速く!
が、同時に焦ってもいた。いくらレジーにダメージを与えることができたとはいえ、自慢のスピードは健在だ。元が視認すら困難な速さを誇るレジーのスピードだ。僅かなスピードダウンなど些細な変化にすぎない。
あくまで人間である零児には、スタミナ、体力共にレジーよりはるかに劣る。スタミナが切れる前にレジーの息の根を止めなければならない。
まさにやるかやられるか。油断した方が敗北する。しかし、時間をかければ零児の敗色は濃くなる一方だ。零児の集中力もいつまでも持ちはしない。
幾度と無く続く激突。刃と拳のぶつかり合い。舞い上がる血煙と血の臭い。
刹那。
零児は刃を盾にして、レジーの拳を受け止めた。
「しつこい! 身の程を知れ!」
レジーが叫び、零児を刃ごと殴り飛ばす。零児の体は為す術もなく高々と飛んだ。
どこかの建物。そのガラスを打ち破り、零児の姿が見えなくなる。
全員が呆然とその様を見つめていた。
「ハァ……ハァ……フッ、フフフフフフフフ……3匹目!」
肩で息をしながら笑う。
「いい加減諦めなさいよ……。どうせ死ぬんだからさ……。楽には殺さないけど……」
「まだ、……まだだ!!」
そう言い放ったのはギンだった。
「負けねぇ……! 負けてなんかやらねぇ! 諦めんのはてめぇの方だ!!」
そして駆け出す。自分達の勝利を信じて。
「プッハハハハハハハ!!」
耳障りな嘲笑を上げてレジーとギンが相対する。レジーは再び走り出した。
「ハァ……ハァ……うおおお!!」
緊張の面持ちで、しかし確かな確証を持って跳躍する。その先にはレジーの足があった。ギンはレジーの足首を両腕で掴んだのだ。
「な、こいつ……!」
「サイクロン・マグナム!!」
ギンという重荷を抱えて走るレジーの顔面にネルの拳が迫る。それはほとんど不意の一撃だった。レジーに交わす術は無く、まともに顔面に受ける。
「ぐふっ……!!」
「まだまだ!」
「アアアア! 消えろぉおお!!」
レジーの両手に雷《いかずち》をまとう。その拳をネルの腹部目掛けて放った。手の平でガードしたものの、そんな程度でダメージが和らぐ訳が無く、為す術もなく殴り飛ばされた。
「ガハッ……!」
頭から地面に落ちる。全身が叩きつけられる。息が詰まるほどの衝撃は容赦なくネルを襲った。
「お前もいい加減離れろぉ!」
再び激走する。ギンはそれでもレジーを放そうとしない。しかし、そう長くは続かなかった。レジーはギン目掛けて己の拳から雷《いかずち》を放った。
たまらずにレジーの足を放す。直撃は免れたものの、すさまじい衝撃が発生し、地面を転がる。体のあちこちが軋む。前進の骨が錆だらけの鉄になってしまったかのようだった。
「う、ううう……」
「ちくしょう……!」
続いてレジーはバゼルの目の前までやってきた。2人は互いに余裕ともとれる表情を見せる。
「自慢のスピードも……遅くなってきたようだな……」
「ハァ……ハァ……黙れ、雑魚……!」
「今のお前なら、俺の方が速そうだ……!」
それがプライドを刺激した。見た者全てが竦み上がるほどの形相でバゼルを見る。
「言わせておけば……!」
レジーがバゼルに殴りかかる。バゼルはそれを僅差で交わす。
1発、2発、3発と回避していく。
「どうだ遅いか!?」
「フン! 遅いわ!!」
「強がってんじゃねぇよ!」
バゼルも応戦する。拳と拳が激しくぶつかり合う。しかし、その状況も長くは続かない。
1発だけ。バゼルの顔面に拳が叩き込まれた。そこからなし崩し的に2発、3発と直撃していく。
「ほら見ろ……口だけだ……!」
「グッ……!」
レジーの拳がバゼルの顎を殴り上げる。その1発で、バゼルは動かなくなった。顎に受けた強い衝撃は脳を揺さぶり強い目眩を起こさせる。
「やっぱり……あんたじゃ勝てなかったわねぇ……」
余裕の表情を見せるレジー。バゼルの頭を掴み高々と掲げる。
「ガッ、アアアアアアアアアアア!?」
レジーの悲鳴が上がる。
バゼルの人差し指が、彼女の右目の眼球を、ゼリーの様に押し潰したのだ。
「ざ、ざまぁないな……」
「死に底ないがぁ!!」
バゼルの体を投げ飛ばす。そして、右手から雷《いかずち》を迸らせた。
しかしその雷《いかずち》がバゼル目掛けて放たれることはなかった。レジーの下半身が氷で覆われたからだ。
「!?」
「それ以上やらせないわ!」
「今度は私達が相手です!」
それはアマロリットとアルトネールの2人だった。
アマロリットは銃口をレジーに向け、アルトネールは魔術師の杖を構えている。
レジーは唇の周辺をペロリと舐め上げた。
「ア、アハ……アハハハハハハ!」
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